56歳の挑戦と思考の現実化。ゴミ拾いの法則から見えた町を支える名もなき力
3月20日
今朝は一段と冷え込みが厳しく、目が覚めると外は静まり返っていた。
朝7時、いつものようにトレーニングへと向かう。

足元を見ると、野草の葉にびっしりと白い霜が降りていた。
この冷たさが、かえって意識をシャープに引き締めてくれる。
56歳、20代を超える活力への挑戦
今日の課題も、いつもの山を10往復すること。

朝の光を浴びた、枯草が広がる丘へと続く風景。
今回で4回目になるが、2日間の休息を挟んだおかげか、驚くほど体が軽い。
筋肉の回復を実感しながら、一歩一歩踏みしめる。
以前はあれほどしんどかった10往復が、今日はそれほど苦にならない。

俺も今年で57歳になる。
一般的には「引退」を意識し始める年齢かもしれないが、俺の感覚は30代のままだ。
今こうしてトレーニングを続けるのは、単なる健康のためじゃない。
これから先も、大好きなサーキットで走り、旅行を楽しみ、やりたいことを全力でやり抜くためだ。
足腰が立たなくなってから後悔しても遅い。今のうちからしっかり維持し、進化させておきたい。
不思議なことに、20代の頃より今のほうがずっと元気で、肩こり一つない。
積み重ねてきた努力は、肉体という形で正直に返ってくる。
茂みの奥の「宝物」と、ゴミ拾いの法則
山を歩き、走り、思考を巡らせる中で、今日も多くの「宝物」を見つけた。
数日前から茂みの奥に気になっていたものがあった。
今日は意を決して斜面を登り、その奥へと入ってみた。
そこには、車から定期的に投げ捨てられたと思われるゴミが溜まっていた。

枯れ葉の上に捨てられていた、吸殻がぎっしり詰まったペットボトル。
特に目立ったのが、電子タバコの吸殻がぎっしり詰まったペットボトルだ。

持ち帰れる限界の5本を回収。そこには確かな法則がある。
ゴミ拾いをしていると、面白い「法則」に気づく。
決まった場所に、決まった銘柄の、同じ捨てられ方をしたゴミが溜まっていく。
1週間放っておけば、そこにはきっちり1週間分が蓄積される。
しかし、俺が拾わなくても、いつの間にか綺麗になっている。
それは、俺以外にも、誰も見ていないところで街を掃除しているボランティアの方々がいるということだ。
そういう名もなき方々の精神があるからこそ、この住宅地は健やかに、美しく保たれている。
自分一人で綺麗にしているなんて思っちゃいけない。
支え合っていることに感謝!
思考は現実化する。だからこそ自分を信じ切る
手を動かし、トレーニングを続けているうちに、心の中にいろんなインスピレーションが「降りてくる」。
自分が想像したこと、願ったことが現実になっていく感覚。
俺はそれを、これまでの人生で何度も経験してきた。
ただ、年齢とともに「本当にこれで大丈夫か」という不安が顔を出すこともある。
でも、ネガティブな感情を抱けば、現実はそちらへと引きずられてしまう。
思った通りになるのがこの世界のルールだ。
だったら、俺は今まで通り「何でもできる」「道は必ず開ける」と自分を信じ切るだけだ。
一日の始まりを整える、手作りの朝食
運動の後は、自分を整えるための時間。

手作りのピザトーストと、熱いコーヒー。
今朝は厚切りのピザトーストと、黒いマグカップに淹れたコーヒー。
チーズの焼ける香りと苦味のある一杯が、冷えた体に染み渡る。
焦る必要はない。
今ある環境に、自分を支えてくれる人たちに、そしてこの一瞬に感謝して、また明日も丁寧に生きていこう。
今、生きていることに感謝。