目に見えない世界の理屈と、ニホンミツバチに教わった宇宙への感謝
神様や仏様、あるいは死後の世界。
これまでの経験上、「目に見えない世界なんてない」と切り捨ててしまうには、あまりに説明がつかない不思議な出来事が多すぎるからです。俺は何かが見えたり聞こえたりするわけではありません。
でも、何かに守られていると感じざるを得ない局面が何度もありました。
「目に見えないから信用しない」という考え方は、実は科学的に見ても不自然なことだと思っています。
科学的な視点で考える「見えない存在」
たとえば、リモコンから出る赤外線。
波長が900ナノメートルを超えると人間の目には映りませんが、確実に存在して機械を動かしています。

電波だってそうです。今この瞬間も無数の電波が俺たちの体を貫通していますが、受信機を通さない限り、見ることも聴くこともできません。
岐阜県にあるカミオカンデで観測されている「素粒子」の世界も同じです。
地球を1秒間に何度も往復し、あらゆる物質をすり抜けていくような存在が、この世には当たり前に満ち溢れています。
見上げた空に真っ直ぐに伸びる飛行機雲。

あれも、遠く離れた場所にあるエンジンの排気と、目には見えない上空の水蒸気が織りなす現象です。
「見えないけれど、確かにある」。
その感覚を大切にすることは、オカルトではなく、真摯に世界と向き合うことだと思っています。
ニホンミツバチに教わった、生命の繋がりと宇宙への感謝
今日、山公園で菜の花を眺めていたら、一匹のミツバチが一生懸命に蜜を吸っていました。
その特徴から、おそらく在来種の「ニホンミツバチ」です。
ニホンミツバチは地域によっては希少な存在で、豊かな自然環境が残っている場所にしか生息できません。

この小さな生命が、ここで脈々と生きている。
その姿を見て、改めて「生きてる」っていう重みを感じました。
ミツバチがいなければ、花は受粉できず、森は豊かさを失い、回り回って俺たち人間も生きていくことができません。

目に見えるミツバチの営みが、目に見えない巨大な生命の繋がりを支えている。
その調和の素晴らしさに、心が震えるような感覚を覚えました。
理屈を超えた先にある、魂のようなエネルギーの領域。
人智を超えた大きな存在、そしてこの広大な宇宙や地球、豊かな自然の中で生かされていること。
それらすべてに、心から「ありがとう」と感謝して生きていく。
その謙虚な気持ちこそが、何より大切だと改めて感じた朝

見えないけれど、確かにある。
すべてに感謝。