心配すな!
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心配は全ての災いの元だった。
私は物心ついたときから
心配性であった。
心配性は何の利益も生まないどころか、自分のストレスとなり
相手には負担になること、わかっていたが、辞められない。
心配と気をつけるは違うこと、
心配は、氣を揉むとも言う。
気を揉むともみ潰れて、氣が枯れる。
氣が枯れると、病氣になる。
氣=気
氣は使ってあげたほうが、良い。
心配ばかりしたところで、その状況が変るだろうか?
変るわけがない!
そればかりか、潜在意識にそのネガティブな思いのバトンが渡され、
本当に心配したとおりの現実を実現させるのである。
心配した光景が現実となるなんて。。恐ろしい。。
心配しない方法
それぞれの出来事に無駄はないと思って生きてきた私、
過去の出来事全て、必要なこととわかっていたのに、
なぜ心配するのか?
これはインナーチャイルドによるものだとは
ヒプノセラピーなど受けて理解はしていたが、
まさにその奥深くに記憶をたどると、
心配性の理由があった、
なので、
心配しないことにした。
心配とは、自分の脳の中で完結している無駄なものであると
氣付いた。
心配しないメリット
心配すること自体が、アホらしく思えてきた。。
心配をやめると、ストレスフリーとなり、
生きるのが楽になるようだ。